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五 台 山 |
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中国四大仏教名山の第一位とされている。海抜3058 M の葉斗峰を最高峰に仰ぎ、五つの峰が聳え立ち、知恵を司る文殊菩薩が応化した霊場とさ れている。後漢時代より、寺院の建立が始まり、今でも青廟(漢民族の仏教寺院)、黄廟(チベットの仏教寺院)合わせて五十ヶ所余りが保存され ている。古くは唐時代に円仁を始め、数多くの日本僧侶がこの山に拝登し、日本の仏教信者にも馴染みが深いである。中日両国仏教交流の架け橋と なっている。五台山の霊峰は気宇壮大、高山植物は咲き乱れ、清流は幾度も巡り、夏でも炎暑がなく、清涼勝境を歴史に長く伝え、今日に至ってい る。避暑地として国内外にその名を馳せている。 |
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五台山 は 山西省太原市 から北東へ 250 キロ 離 れている。 2007 年に中国最高レベルの 5 A クラス風景区となった上に 2009 年 に 国連のユネスコより 世界遺産 と 指定 された 。 仏教ゆかりで 五台山 は 智慧 を司った 文殊菩薩 の 道場 とされ 、四川省 の 峨嵋山 (普賢菩薩の道場)、浙江省の普陀山(観音菩薩の道場) 、安徽省 の 九華山 (地蔵王菩薩の道場)と合わせ中国の四大仏教名山に数えられている。五台山とは東西南北中五つの峰が聳え立ち、頂に樹木が無く、まるで積み上げた土台のように見えるからとのことである。真夏でも炎暑無しで清涼山とも呼ばれ、従来の避暑地である。 五台山仏教 の 将来 は 後漢 の明帝 永平 11 年 ( 紀元 68 年) に 迦葉摩騰 と 竺法蘭 より 伝 ったのである。その以来、仏教史上では重要な位置を占めている。山のほぼ真ん中にある 台懐 鎮には寺院が林立している。隆盛期の唐代にその数が 360 余りに達し、今でも 108 のお 寺 が保存されている。漢民族の寺院以外にチベット密教寺院も残っている。現在 1000 人以上の僧侶が修行を励み、仏教の教えを弘法している。唐代以降の日本の求法僧が難儀を乗越え、相次ぎこの仏教聖地へ尋ねた。中日仏教交流の架け橋である。季節になると 山頂 には珍しい 高山植物 と綺麗な 草花 が咲き乱れている。お 花 の鑑賞も非常に魅力的。 |
顕通寺 は 五台山台懐鎮 の 中心 にある。 後漢永平 11 年 ( 西暦 68 年 )に 建立 され 、洛陽 の 白馬寺 と 並 び 、中国 における 最古 の 仏教寺院 である 。 最初に大孚 霊鷲寺 を名付け 、唐 の 則天武後 時代 に大華厳寺、 明 の 時代 に 大顕通寺 と 勅額 を賜った 。 1961 年 に 国家 重点文物に 指定 された 。鐘楼 には 五台山 の最大の鐘が 掛かっている 。文殊殿 は 五方文殊、即 ち 五 つの 方向 を 示 す 文 殊 菩薩化身 像 が5体 安置 されている 。 それぞれ 中台 の 孺童文殊 、北台 の 無垢文殊、東台 の 聡明文殊、南台 の知恵 文殊、西台 の 獅 子吼文殊 である 。 中国唐代の七堂伽藍という寺院作りの様式の広大さ を残したこのお寺が当初の隆盛を物語っている。 |
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南禅寺 は 五台山東冶鎮より 西側5 キロ 離 れた 李家荘 にある。唐 建中3年(西暦782) に再建され 、我が国では 現存 する 最古の仏教寺 院 で 、 1961年に国家重点文物に 指定 された 。寺院は東西51.3メート ル、南北 60 メートル、面積 3078 平方メートル である 。現存 する 建 築 は 山門、竜王殿、菩薩殿、大仏殿 などである 。本堂の大仏殿 は 唐 代建築 のままである 。殿内 に 現存 する 18体 の 仏像は 唐代 の 製 作 で 、敦煌莫高窟 の 塑像 に近似 、唐代塑像の傑作 である 。 |
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佛光寺 は五台県の豆村 付近にある。北魏に創建 され 、唐の会昌法難 で 建物 が全壊された 。唐大中 11 年 (西暦 857 年 )に 女性仏教徒 の 寧公遇 の 力 で 東大殿 が 建立 された 。 1961 年 に 国家 重点文 物に 指定 された 。仏光寺 には 貴重 な 文物 が多く残っている 。建 築 は 唐代 の 東大殿、金代 の 文殊殿が大変有名 で並びに 東大殿 の 中 にある 仏像、墨跡 が “四絶” と言われる。 |
| 菩薩頂 は 五台山 における 最大 のチベット密教寺院で 中心 部の 霊鷲 峰 の 頂上 にある 。北魏 の 孝文帝 時期に 創建 され 、 明 清時代 にチベット密教の格魯(ゲルク)派の寺院を改築された。格魯派は黄教と も言われ、宗教改革を行った開祖ツォンカパが僧侶の従来の紅帽を黄帽に 用いたからである。チベット密教を信仰した康煕帝と乾隆帝が五台山の巡 礼で何回もこのお寺に泊まっていたので、宮殿建築の装飾用材とした黄色 い瓦が輝き、その行宮も親筆も残っている。 百八段 の階段を上がると、 この 寺 は 天王殿、鐘楼 と 鼓楼、大雄宝殿 と 文殊殿 などより出来て いる 。 憤怒形相の塑像とチベット語の真言表記が珍しい。 |
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| 竹林寺
竹林寺 は 五台山中台 の 南麓 にある 。唐大暦 5 年 (西暦 770 年 )に 法照禅師 が 五台山 に登り、仏教の最初寺院とされたインドの 竹林精舎 を偲び 、竹林寺 を創建したと言われる 。 唐代に五台山の十大寺院の一つに数え、近代、一旦廃墟となった。近年来、中日仏教信者の寄付でその隆盛を取り戻そうとしている。 法照大師 の創った 五会念仏 をこの寺によく研鑽した 日本 の 遣唐使円仁慈覚大師 が 日本 比叡山延 暦寺 に 伝 え 、 後の 源信、空 也 、一遍、法然、親鸞 に 影響 を及んだ。 金閣寺 金閣寺 は 五台山南台の北に ある。唐開源 24 年(西暦 736 年)、インドの密教高僧の 不空三蔵法師 に 創建 され、密教弘布の道場であった。現存した伽藍は殆ど明清時代のものである。中心建築の大悲殿に五台山の一番高い 17.7 メートルに達した千手観音の像が安置されている。 日本 人始めての三蔵法師の 霊仙 上人が密教習得のためにこの寺に 2 年間止住したことがある。境内の傍らにその記念碑が 立 っている 。
殊像寺 殊像寺 は五台山の台懐鎮の中心部にある 。 東晋の時代に創建され、明代に再建された。メイン殿宇の大文殊殿には 五台山 の 一 番 高 い 文殊菩薩 の塑像が 安置 され、 有名 である 。三面 の 壁 と天井に 五百羅漢 の 渡海図 と言う 巨大な 塑像群がぶら下がっており 、 写実性が高い 真 に迫るものである 。 山門の前に般若(梵語で知恵のこと)泉が湧き、飲んでいただくと賢くなるとのことである。 |
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